カードクターKの小部屋

現役整備士による、かかりつけ病院です

車のことより、自分のこと

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こんばんは。かんとくです。

今回は、改めて自己紹介したいと思います。

突然ですが、おつきあいください。

 

名前の由来

さて、自分のHNですが、”かんとく”といいます。

これは、22、3歳くらいから使っているのですが、仕事に関係しているとか、

なにかの、チームの監督とか、ではありません。

 

22歳ごろのこと、当時、スポーツ観戦が好きだった僕は、Jリーグのコンサドーレ札幌が好きでした。スタジアムに行きたくても、土日の休みが取れなかったので、ほとんど、テレビ観戦でした。

そんな時、新聞か、タウン誌の広告に、函館のサポーターズクラブのメンバー募集の記事を見つけ、これだ!と思い、すぐに電話をしました。そして、そのメンバーと顔合わせの時に、「岡田監督に似てる」という一言から、”かんとく”呼ばれるようになりました。

岡田監督とは?という方もいると思います。元日本代表監督・コンサドーレの監督も務めた、現・FC今治代表の岡田武史氏のことです。それからは、メンバー内では”かんとく”と呼ばれ続けています。

なぜ、整備士に?

僕の幼少期は、自家用車がありませんでした。

生まれてすぐに、両親が離婚。母子家庭だったせいもあり、車というものにふれる機会がありませんでした。

4歳ころからは札幌で暮らしていましたが、移動はもっぱらバスか地下鉄でしたね。

このころから整備士になりたい、という夢は漠然と持っていました。

小学生の頃は、完全に整備士を意識し、CARBOYやチャンプロードなど、車の雑誌で、知識を覚えるということをしていました。

ところが、中2の冬、母親が癌で亡くなると、環境は一変しました。

それまで、音信不通だと思っていた、父親の家族に引き取られることになったのです。

その当時の記憶はあまりないのですが、一人暮らしでもいいから、ここに残りたいと

言った覚えがあります。今思えば、中学生で一人暮らしはきついですね。

 

函館に戻ってからは、一層、整備士への想いは強くなり、工業高校を経て、整備士の専門学校へと進んでいきます。

就職してから

札幌の専門学校を卒業してからは、函館のディーラーに就職しました。

そこで、基本を学び、検査員にもなりました。

8年たったある日、人事異動で系列のカー用品店に移動になりました。

(地元の人ならわかっちゃうかも)

ディーラーとは、違う仕事内容に戸惑いながらも、気づけば12年も続いています。

ディーラーでは、すぐに辞めるだろうと揶揄されていたのですが、負けず嫌いなので

絶対辞めないと誓っていた部分もあったと思います。

今は・・・

今は、20年のキャリアの中で、一番、性にあっているな、と思います。

お客様にアドバイスしたり、接客で商品売ったり、そして何より、医者のような、相手の立場に立った仕事、という感覚になっています。

車は、移動手段の一つかもしれませんが、買うときには、かなり悩んだり、お金をためたり、高額な買い物ですよね。そんな、物をいかに安くお得に維持して乗っていくか、それを、手助けできたらいいな、という信念で仕事しています。でも、どうしてもお金がかかるところは、仕方ありません、あきらめてください。『車が限界ですよ。』とお客様に引導を渡すときもあります。

そしてこれからは

僕も、あっという間に40歳になりました。

体も、年相応になってきました。この先はどうなるか分からないですが、やっぱり車が好きなので、この仕事は続くでしょう。その中で、皆さんに役立つこと、お手伝いできることがあればいいと思います。

 

 

長々と失礼しました。

こんな、普通の人間ですが、車のことは人一倍好きなので、これからも、役に立つ情報を、書いていきたいと思います。

 

よろしくお願いします。